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第八十九回-「“司马昭之心,路人皆知”-魏のその後」

蜀を滅ぼした魏では、孔明のライバルであった司馬懿の一族が権力を振るいます。魏が蜀を滅ぼす十年ほど前に司馬懿は亡くなっていますが、彼は生存中に大きくその権力を高めます。曹操が漢の皇帝よりも力があったように、司馬懿一族も魏の皇帝よりも力がありました。司馬懿の存在を快く思わない皇帝の一族は、司馬懿を亡き者にしようと計画を立てますが、かえって司馬懿にその計略を見抜かれ逆に殺されてしまいます。こうして、司馬懿が亡くなる前に、魏の実権は司馬懿とその息子たちに移ったのでした。
司馬懿がなくなると、息子の司馬師、司馬昭が後を継ぎます。司馬師は病のために早死にし、弟の司馬昭が実権を握ります。
司馬昭は部下の鍾会(しょうかい)鄧艾(とうがい)を魏に派遣し、蜀を滅ぼします。
この司馬昭に関する成語を一つご紹介しましょう。

成語:司马昭之心,路人皆知
意味:権力を狙う野心家の陰謀は誰でも知っている
由来:魏の皇帝・曹髦(そうぼう)が帝位を狙う大将軍・司馬昭(司馬懿の子・司馬炎の父)をののしっていった言葉。 ちなみに、この言葉は現在の中国では「顔に書いている」「みんなお見通し」「公然の秘密になっている陰謀」という意味で日常的に使用されているようです。 最近では、2008年3月30日、チベット騒動について中国の温家宝首相がこの表現を使いました。暗にダライ・ラマ14世を司馬昭になぞらえて非難したものといわれています。 実際によく使われるということですね。 権力を完全に掌握した司馬昭は西暦265年8月に亡くなりますが、後を継いだ司馬炎(しばえん)は同年12月に魏の皇帝を脅して退位させ、自ら皇帝となり、晋(しん)を建国します。 さて、いよいよ三国志もクライマックスがやってきました。次回、最後に残った呉帝国が晋に滅ぼされて三国は統一されます。 「“势如破竹”-三国が一つに」と題してお送りします。

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