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第八十五回-「孔明最後の時」

どんなに頭が良い人でも、決して解決できない問題があります。それは死、です。孔明も例外ではありませんでした。
三国随一の知能を持つ孔明にも死が近づいてきました。孔明は自分がいつ亡くなってもいいように、自分の木像を作らせます。あたかも自分が生きているように見せかけるためです。
孔明の死が近いことを悟った司馬懿仲達は、配下の武将に一軍を率いさせ蜀軍を攻撃させます。しかし、病の床に付していた孔明は、蜀軍随一の猛将、魏延(ぎえん)に、魏軍を蹴散らすように命令します。
蜀軍の思わぬ攻撃にあった魏軍は、あっさりと退却します。まだ孔明が生きていることを確信したからです。
自分の死を悟った孔明は、片腕とも言える姜維(きょうい)という武将を枕頭に呼び、自分が亡くなった後の、軍の撤退の手はずを指示します。そして、孔明が書いた、兵法書を姜維に託します。この兵法書は兵法二十四篇というもので、残念ながら今は無くなっていますが、これを基にして書かれたという中国の兵法書は数多く見られるそうです。
さらに、後任の人事も姜維に指示します。
当時、蜀には諸葛亮を含め、四人の有能な人物がいました。
諸葛亮、蒋琬(しょうえん)、費袆(ひい)、董允(とういん)という四人で、蜀の四相と呼ばれています。
下は四川省綿陽市にある蜀の四相の銅像です。


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孔明は自分の亡き後は、蒋琬が宰相職を引き継ぐように遺言します。みなで力をあわせて蜀の国を盛り上げて行くようにと指示します。
すべての言葉を言い終えると、安心したのか静かに息を引き取ります。
時は西暦二三四年八月二十三日、五十四歳でした。
軍事の一切を引き継いだ姜維は早速、撤退の準備をします。
次回「“死诸葛走生仲达”」と題してお送りします。

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