第五十回-「赤膊上阵-猛将馬超」
諸葛亮に並ぶ天才、庞統を部下に迎えた劉備を見て、これはいかんと考えていたのは魏の曹操でした。
関羽、張飛、趙雲という三国でもトップ3の武将がいるところに、諸葛亮、庞統を軍師として、まさに人材的には文句の付け所の無い劉備軍。
いまのうちにたたいておかないとあとで大変なことになると考え、劉備をつぶす作戦を考えます。そこで思いついたのが、当時、涼州(現在の甘粛省)を治めていた馬騰(ばとう)という人物です。これまで戦いにあまり巻き込まれなかったため、まだ力を残していました。
曹操は漢帝国の皇帝の名を使って馬騰を呼び寄せ、皇帝に圧力を加えて、劉備を滅ぼすようにという詔(みことのり)を皇帝から馬騰に伝えさせようとします。
皇帝の呼び出しに応えないわけにも行かない馬騰は、曹操と皇帝のいる洛陽にやってきます。そこで馬騰は皇帝に謁見し、劉備討伐の詔をいただいたことに感謝します。ところが、皇帝はそっと馬騰を呼び寄せこういいます。
「馬騰、そちは曹操と劉備、どちらが余の真の敵かわかっておるのか!倒すべきなのは曹操ではないか。劉備討伐と称して曹操を討て。」
こうして馬騰は、曹操討伐という密命を命じられます。ところが、この曹操討伐は事前に漏れてしまい、馬騰とその一族は曹操に皆殺しにされてしまいます。ただ一人、甥の馬岱(ばたい)という者だけが何とか逃れ、命からがら馬騰の長男がいる涼州に戻ります。
長男の名は、馬超(ばちょう)字は孟起(もうき)という人物でとても強い武将でした。馬超は父の仇を討とうと、全軍を引き連れて長安(現在の西安)に殺到します。長安といえば当時の魏にとって、日本で言う、大阪のように重要な都市だったので、曹操軍はあわてて攻撃を防ごうとしますが、馬超軍の猛攻撃と巧みな戦略の前に、あっさり馬超軍に奪われてしまいます。
仰天した曹操は、自ら大軍を率いて馬超討伐に向かい、最終的に何とか馬超を追い詰めたものの、そこで莫大な兵力を使ってしまったため、劉備軍を討伐することはできなくなってしまいました。
この馬超は、この少し後に、劉備の部下になりますが、それはまた後ほど。
さて、今回は馬超軍と、曹操軍の戦いで生まれた成語をご紹介しましょう。
| 赤膊上阵 | |
| ↓ | |
| 元来の意味→何も考えずに猛然と戦う | |
| 現在の意味→悪人が公然と悪いことをする | |
| 由来:曹操軍の許褚と、馬超との一騎打ちから出た言葉。百合打ち合ったが勝負がつかず、馬を替えて更に百合打ち合っても勝負がつかなかった。すると突然許褚は陣に戻ると、鎧兜を脱いで上半身裸になり、再び馬超に挑んでいったことから。 |
さて、次回は「万里长城-三国志時代」と題して、三国時代の周辺異民族についてご紹介します。

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