第四十二回-「ご利用は計画的に-国を借りた劉備」
赤壁の戦いに勝利した周瑜は、勢いに乗って荊州北部(湖北省)を領地にしようとして曹操軍を追撃します。
曹操軍は、江陵(湖北省荊州市江陵県)、襄陽(湖北省襄樊市襄陽区)の城を占領していましたが、周瑜軍と曹操軍が江陵、襄陽、地図にはありませんが南郡、という三つの城を巡って戦いをしていました。

劉備軍は夏口(湖北省武漢市)で、戦況を見守っていました。ところが、孔明は曹操軍と周瑜軍が戦っているスキに、三つの城を奪ってしまおうと、作戦を練っていました。
周瑜軍は南郡に猛攻撃を仕掛け、曹操軍は、迎え撃つために城の外で戦います。城の中に残っていたのは、戦いにはめっぽう弱い文官(事務仕事が得意な人)ばかりでした。孔明はこのスキを狙って、趙雲に南郡の城を奇襲させて、奪い取ってしまいます。南郡の留守を任されていた曹操軍の武将は、曹操軍の総大将、夏侯惇の兵符(身分証明書のようなもの)をもっていましたが、それも孔明に奪われてしまいます。
孔明は偽の使者を作って、その身分証明書を見せて、江陵、襄陽の曹操軍を、南郡の城の応援に来るようにという、ウソの命令を出して、全軍を出撃させます。カラッポになった江陵、襄陽に、関羽と張飛がそれぞれ攻め込み、一気に奪い取ってしまいます。
こうして、孔明の策略によって、劉備軍は、敵と戦うことなく、一気に三つの城を手に入れたのでした。
これを知って仰天したのは周瑜でした。周瑜はブチ切れて、孔明のもとに魯粛を派遣し、三つの城を返すようにと要求します。
ところが孔明は切り札を用意していました。赤壁の戦いの前まで話は戻りますが、もともと荊州北部を支配していたのは、劉表という人物でした。その劉表が死んで、曹操軍に負けてしまったのですが、劉表の長男の劉琦が劉備を叔父として慕って、今劉備とともに過ごしていたのです。
孔明は、荊州北部の統治権は劉表の息子である劉琦にある、と言って、今この荊州を劉備が治めているのは、何の問題もない、と言い返します。
劉表の長男の劉琦を切り札にされるとは思っても見なかった魯粛は、何も言い返せなくなってしまいます。
こうして荊州は、劉琦が生きている間は劉備が一時的に借り受けるということで、手を打とうということになりました。劉備は国を借りることに成功したのです。しかし劉備は荊州を返す気はさらさら無く、借りっぱなしにしようとたくらんでいたのでした。
では最後にこの借りっぱなしに由来する成語を一つご紹介しましょう。
| 刘备借荆州 |
| 借りたまま返さない |
| 劉備が荆州を借りたまま呉に返さなかったことから |
次回は「三国一の元気ジイちゃん」と題してお送りします。


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