第二十七回−「“百万中子”」
諸葛亮の智謀によって二度までも曹操軍を撃退し、襄陽に逃げこもうとした劉備に、とんでもないアクシデントが襲います。頼りにしていた劉表が急死し、跡継ぎが曹操軍に寝返ったため、劉備一行は行き場を失ってしまったのです。
劉表には二人の子供がいましたが、長男は江夏(こうか:現在の湖北省武漢市)の城を守っていました。それで、劉備一行はなんとか江夏まで逃れようと道を急ぎます。ところが曹操軍の激しい追撃が始まり、劉備軍はちりぢりになってしまいます。
そんな中、劉備の部下、趙雲は、劉備の妻や子供を守る役目を言いつけられていました。しかし、混乱の中、趙雲は劉備の妻や子供の姿を見失ってしまいます。
趙雲は見失った劉備の妻一行を見つけようと、曹操軍百万の中に突っ込んでいきます。そしてやっとのことで劉備の妻と子供を見つけます。しかし、劉備の妻は大ケガをしていました。彼女は自分が足手まといになっては、と三歳の子供を趙雲に預け、自分は古井戸の中に身を投げて自殺してしまいます。下の写真がその井戸です。

趙雲は、残された三歳の子供(名前は阿斗)を鎧の中に抱き、曹操軍百万の中を、たった一人で駆け抜けます。そのときの趙雲の活躍を評して、今回の題にある成語ができました。
百万军中赵子龙(百万の敵軍の中の趙雲:子龍というのは趙雲の字(あざな))
意味:天下無双の英雄
由来:趙雲が長坂坡で、敵軍百万の中から阿斗を救い出したことから。
今でも、その場所には趙雲の石碑が立っています。

こうして、趙雲の大活躍によって、劉備の跡継ぎの阿斗(あと)は、無事父親の元にたどり着くのでした。
趙雲が子供を抱っこしながら、百万の敵軍の中を突破するこの場面は、三国志の中でも一、二を争う名場面だと思います。
さて、次回はこんな大活躍をした趙雲の素顔に迫ってみたいと思います。



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