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第二十二回−「韓信の股くぐり」

今回は以前リクエストのありました、春秋戦国時代の武将“韓信”と三国志の英雄、諸葛亮の比較を行ってみたいと思います。筆者の独断や偏見が入るかもしれませんがご了承ください。ヾ(^-^;) ゴメンゴメン
“韓信”というのは、春秋戦国時代、紀元前200年ごろの武将で、前漢帝国の初代皇帝、劉邦に仕えていた人物です。“劉邦”といば、“項羽と劉邦”とセットで耳にすることが多いのではないでしょうか?その時代に生まれた有名な言葉としては“背水の陣”“四面楚歌”などがありますね。
項羽と劉邦の戦いでは、初めは圧倒的な強さを誇っていた項羽が、最終的には、民衆の支持と優秀な部下を得た劉邦に敗れ、劉邦が漢帝国を築くという結末になります。
お気づきの方も多いと思いますが、三国志の主人公“劉備”は、この“劉邦”の末裔です。
さて、この“劉邦”を助け、“劉邦”の勝利を決定付けた名将が“韓信”です。
韓信は若い頃、貧乏で品行も悪かったために職に就けず、他人の家に上がり込んでは居候するという生活をしていました。
ある日のこと、町の少年が韓信をバカにしてこう言います。
「お前は背は高くて、剣を持ってはいるが、本当は臆病なんだろ!?その剣で俺を刺してみろ!出来ないなら俺の股をくぐれ」
すると、韓信は黙って少年の股をくぐり、周囲の者は韓信を大いに笑いました。この逸話を韓信の股くぐりといいます。意味は“大きな志を持った者は、ささいな恥辱を意に介さない”というものです。大いに笑われた韓信でしたが「恥は一時、志は一生。」と言ったそうです。
このあたりは、ぜひ見倣いたいところですね。
そんな韓信は劉邦に仕えますが、たいした役職にはつくことができませんでした。ところが軍事の責任者だった“蕭何”という人物は韓信の才能を見抜き劉邦に推薦します。蕭何は、韓信を劉邦に推薦するときにこう言いました。
「彼は国士無双です」
この“国士無双”という言葉、マージャンの役の名前ですが、もともとは韓信のことを評価した言葉なんです。“国に二人といない優れた人物”という意味です。
韓信は劉邦の下で、数々の戦いに勝利し、王という立場になります。皇帝よりは下ですが、かなりエライ人ですね。
しかし、ひょんなことで劉邦の機嫌を損ねた韓信は、王の地位を剥奪されてしまいます。待遇に不満を持った韓信は、やがて劉邦を憎み、自分が劉邦の代わりに皇帝になりたいと思うようになります。
しかし、韓信の怪しい動きを察知した、総理大臣の“蕭何”は、偽情報で韓信を呼び出します。自分を劉邦に推薦してくれた蕭何を信じきっていた韓信は、まんまとだまされ、蕭何に逮捕され、処刑されてしまいます。
韓信は確かに能力の優れた人物でしたが、最終的に権力に目がくらんで、災いを身に招いてしまったようです。能力があるだけではダメっていうことですね。人間大事なのは心ではないでしょうか?諸葛亮は能力も高い人でしたが、人格面でもすばらしく、後ほど出てきますが、皇帝になるチャンスがあったにもかかわらず、そんなことは夢にも思わず自分の主君を支えました。ぜひ見倣いたいものです。
ちなみに、後ほどご紹介しますが、諸葛亮は、原書三国志の中で“政治手腕は漢の蕭何に匹敵する”と言う評価を得ています。
さて、今回は少し三国志と違う時代のお話でしたが、次回はまた三国時代に戻り、「中国初のマジシャン?空飛ぶ孔明」と題して、諸葛亮にまつわる成語やエピソードをさらにご紹介していきたいと思います。

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コメント (1)

まお:

たぶんそうじゃないかと思っていましたが、やっぱり、諸葛亮の方が、徳も知性もあるって感じですね。ありがとうございました!

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2008年05月16日 00:00に投稿されたエントリーのページです。

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