第十八回−「もしかしてニート?劉備」
ニートが増えている近頃ですが、ニートの問題は今に始まったものではないようです。実は三国志時代に始まりました。初代ニートは、“劉備”です。
なにをやらせてもだめな劉備は、曹操にボロ負けした挙句、遠い親戚の家に転がり込みます。親戚の名は“劉表”、当時の荊州(現在の河南省の南部・湖北省・湖南省)を治めていた人でした。“劉備”の境遇を可哀相に思った劉表は、一つの城を劉備に与えます。なんとも贅沢な話ですね。
劉備は“新野(しんや)”という町(現在の河南省南陽市新野県)を与えられそこで優雅な暮らしをしていました。
しかし、劉備は、戦いに明け暮れていた昔を思い出し、途方にくれていました。「なんで自分はこんな惨めな生活をしているんだろう」自分にがっかりしていました。若くして故郷を離れてから20年以上がたっていました。ブログが始まってまだ十八回なのに、実はこのとき劉備はすでに47歳、いい年したオジサンになっていました。
そんな時、劉備はふと自分のフトモモをさわり、ビックリします。ぶよぶよ肉がついている!メタボになってしまったのでした。
この劉備の驚きから来た成語があります。
| 髀肉复生(フトモモの肉がついている) |
| 意味:活躍する機会の無い事を自ら嘆く。安逸な生活を送り、為す所の無い様。 |
日本では髀肉(ひにく)の嘆、といいますね。馬に乗って戦場を駆け巡ることが無く、股に肉がついた事を嘆いたことから来た言葉です。
このままではまずい!と思った劉備は、にわかに土地の著名人に会いに行きます。著名人の名は“司馬徽(しばき)”、当時は名の知られた学者でした。
この世の苦しみを取り除きたいけど、なにしろ自分では力不足、どうしたらよいでしょう?とお伺いを立てます。それに司馬徽はこう答えます。
「臥龍(がりゅう)か鳳雛(ほうすう)か、どちらかを部下に迎えれば天下統一は夢ではないだろう。」
劉備はたずねます。
「臥龍(がりゅう)、鳳雛(ほうすう)とは誰のことですか?」
しかし、司馬徽はこれ以上は答えてくれませんでした。ちなみに臥龍(臥龍)とは、地に伏して隠れている龍、鳳雛(ほうすう)とは、鳳凰(ほうおう)の雛(ひな)、龍も鳳凰も、皆さんご存知のように中国の伝説上に生き物ですが、要は、才能を隠し持っている、隠れた大賢人の事を指した言葉です。
その日以降、劉備は、隠れた賢人がいないものかと、辺りを捜し始めました。そんなある日、一人の人物に会います。その人物の名は“単福(ぜんふく)”、賢人の雰囲気が漂っていました。劉備は“もしや”と思い、彼を部下に迎え軍師として任命します。単福は早速、劉備の軍師として才能を発揮し、軍を整えていきます。
そのころ、曹操はそろそろ荊州に攻め込もうかと考えていました。こうして曹操軍と劉備軍は対決することになりました。
次回、「卧龙凤雏」と題して、戦いの様子と、“臥龍鳳雛”の正体をご紹介したいと思います。

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