「登竜門[とうりゅうもん]」-皆さん意味はご存知ですか?そう!「立身出世の関門」、という意味ですね。よく若手芸人の登竜門、新人作家の登竜門、などと使われますね。この言葉、文字通りには「竜門を登る」と読めます。「登竜という門」ではありませんよ~。この「竜門」とは現在の山西省の黄河上流にある竜門山を切り開いてできた急流のことで、この急流を普通「鯉」は登りきれません。でもがんばって登りきるとなんと!「竜」になるという伝説があるのです。それが何で成語になるのか?それはですね~当時のある優秀な人物に関係があるのです。
「漢王朝」は当時ボロボロ、でも「李膺(りよう)」という優秀な人物がいました。「李膺」は諸悪の根源「宦官」たちの横暴に憤りこれを何とか正そうと試みる公明正大な人物で、「司隷校尉(しれいこうい)」という職(今で言うと東京都知事兼警視総監ですね、超エラ~イ人)に任じられるなど宮廷の実力者でした。非常にエラーイ人でしたが、曲がったことが大っ嫌い!いや~昨今の政治家に聞かせたいものです。当時「宦官」が腐った政治をしていた中にあって、彼の行動は若者たちの羨望の的でした。それで、「李膺」に認められることを「竜門」を登りきることにかけて、「李膺」に認められる事を「龍門に登る」と言いました。ここから、難関を突破して躍進の機会をつかむ事を「登龍門(龍門に登る)」と言うようになりました。
さて、もう一つご紹介したいのは「梁上君子[りょうじょうのくんし]」という成語です。意味はご存知ですか?なんと「どろぼう」のことです。なんで「どろぼう」なのに「君子」なの?というもっともなご意見もあると思いますが今からご説明しましょう。
先ほど出てきた「李膺」という人物の友人に「陳寔(ちんしょく)」という人物がいます。これまた立派な人格者でみんなに慕われていました。役人として訴訟を扱うときも、善悪を公正に判断して教え諭したために、「陳寔」の判決を怨む者はなく、人々は口々に「たとえ刑罰を加えられても、陳寔様にそしられる事がない方がよい」と言ったほどです。
そんな天下に名だたる人格者「陳寔」の家に泥棒が入り梁(はり)の上で身を潜めていました。ふつうだったら「なにしてんねん!おりてこんか!」と怒鳴るところですが、それに気づいた「陳寔」はなんと子供たちを呼び、梁の上のどろぼうに聞こえるようにこう言います。「人は、勤勉に働かなければだめだよ。悪人というのも、必ずしも元から悪かったのではなく、悪い習慣が身に付いてしまった結果の事なんだ。梁の上に潜んでいる方がそうなんだ」と言ったのです。どろぼうは驚いて、梁から下りて来くると、頭を地面にこすりつけて自らの罪を認めました。そこで「陳寔」はどろぼうにこう言いました。「あなたの様子を見ると、悪人というようでもない。自分の欲に打ち勝って善に立ち返りなさい。」そして、貧しくて困って盗みに入ったのだろうと言い、どろぼうにいくらかのものをあげました。これより後、「陳寔」の住む近くではどろぼうはいなくなったといいます。
いや~なんともいい話じゃないですか!皆さんどうですか?悪に悪を返さず、善をもって報いるとは、見倣いたいものです。
今日は「登龙门」「梁上君子」二つの成語を取り上げました。いつ使うの?というツッコミはご勘弁ください。ヾ(^-^;) ゴメンゴメン
次回はいよいよ、「超エリート集団-魏」と題して、三国一の大きく強かった、「魏帝国」の成り立ちと概要をご紹介したいと思います。
コメント (1)
面白いですね~!長くても、字が小さくても、一気に読んでしまいます!
投稿者: チョコミント | 2008年03月12日 09:40
日時: 2008年03月12日 09:40